大分でのビューティフル・ライフを満喫するプロジェクト


by dze03247H
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神原渓谷での日々

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私がこの空き家を借りたのは確か31歳位の頃だ。
その前は福岡市に住んでいたのだが、帰るには実家の敷居が何となく高かった。

そこで安心院町、津久見市、竹田市と色々な空き家を見て回った。
そして最後に竹田市の神原(こうばる)渓谷にある、この家に決めたのだ。

住み始めて1ヶ月半は殆ど大工そのものだった。
床から天井まで全て自分一人でやり替えた。
さらに絵画や掛け軸をおき、適所に間接照明を配置した。


我ながら上出来だと思うのだが、やはり本物の職人の仕事ではない。
そんなことは分かり切っている。
ただ、近隣の部落の住人達は 家の中を見て驚いていた。


民宿でもすればいいと本気で言う人もいた。
当然、冗談のつもりだろう思っていたのだが その1週間後に、なんとその人の紹介だと言って、本当にお客が来た。

大阪から来られたという年配の夫婦づれだった。
「やれやれ」と思った。


丁重にお断りしたが、どうも田舎暮らしに興味があるらしく、定年後はこんなところで余生を過ごしたいと ご主人は自分の夢を語りながら、私の作ったシティローストの豆を挽いて入れたコーヒーを3杯おかわりした。

「すぐそこの廃墟にコウモリがいますよ」と言ったら、ご主人は子供のように満面の笑みを浮かべて是非見てみたいと言うので、案内したのだが その日に限ってコウモリの姿はなかった。

「きっと散歩にでも行ってるんでしょう。」と私が言うと、「コウモリなんているわけないでしょ。」と奥さんは緊張感から解放されたように笑っていたが、本当にいるのだ。


その頃の私には、ご主人の夢が全く理解できなった。

ここは竹田市街地から20分程度の場所にある。
私はここで本当の「闇」を知ることとなる。
少し離れた場所に廃墟があるだけで、周りには民家が一軒もなく当然 街灯もなかった。

思わず、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を思い浮かべてしまう。
「闇」という無限の世界。


ただ、空は青く透き通り、雲の輪郭はくっきりと浮かび、さらに夜空は本当に美しかった。
星が近いのだ。

夜、家の電気を消して外に出ると まるで宇宙空間にいるようだった

そこには天国への階段があるかのように私には思えた。
当時は写真に写っている大きな橋はまだなかった。


私は2年間あまり借りていたが、その内1年半の間は実際に住んでいた。
友人達は皆応援してくれたが、当時付き合っていた彼女はただただ呆れていた。


谷底に家があるので、冬場は陽が差さず 洗濯物は背中のカゴにかるって裏山まで干しに行ったものだ。
「やれやれ」と思わず言葉がでる。


夕方になると薪を割って風呂を沸かす。
最初は何となく楽しかったのだが、数ヶ月もすると飽きてくる。
そのうち、近くの製材所に頼んで余った木材をもらってくるようになっていた。

この炎を調節しながらの、湯加減の塩梅が結構難しいのだ。


最初は七輪で生活していたが、2週間が限界だった。
生まれて初めてガスコンロのありがたさを痛感した。


渓流は雨が降ると、その様相は一変する。

豪雨時は床下は突然 濁流になる。
自分が座っているすぐ下を、川が凄まじい勢いで流れている。

何とも不可解極まりないと思う。

岩石がコンクリートの支柱に激突し、その度にガーンと凄い音がして、同時に家が激しく揺れる。

初めて体験した時は支柱が折れるのではないかと心配したが、二度、三度と経験するうちに慣れてしまった。
ただ、2回程 サッシのすぐ下まで水かさが上がった時はさすがに電化製品だけは2階へ運んだ。

避難警報も出たが、私は一度も避難したことがない。
私はこの家の耐久力を信じていた。決してこの家は流されないのだ。


ここでは、自然は癒しであり、また脅威だった。


ただ冬のある朝に窓ガラス8枚から見た、パノラマのような雪の結晶達の舞い落ちる様はいまだに忘れられない。
その時、部屋にはセリーヌ・ディオンのアヴェ・マリアの曲が流れていた。

私は思わず「出来過ぎだ」とつぶやいた。
そしてCDプレーヤーのリピートボタンをそっと押した。

神原渓谷に降る雪。川に降り注ぐ雪。まるで何かの儀式のようだった。

本当に信じられない幻想的で神秘的な光景を目の当たりにすると、人はきっとこんな感情に包まれるのだろうか。


私はここで、日中はフライフィッシングやテニスや温泉巡り、冬にはスキー そして毎夜の如くサックスを吹いた。
ここでは誰にも何にも干渉されることなく、真夜中でも思いっきり吹けるのだ。
私の横隔膜は全開する。


でも私は自然と共生するために、神原渓谷に来たのではなかった。
難関国家試験に挑むために ここにやってきたのだ。
しかし、もうこの頃になると 私は既にここにきた本来の目的を忘れてしまっていた。

大自然の中に解き放たれて、その持つパワーに感化されてしまったのか。



竹田市は城下町として有名だが、滝廉太郎の「荒城の月」に代表されるように音楽の町という一面もある。
ブルーフェニックスという、市 お抱えのJAZZ楽団もある。

そのメンバーたちは、会社員やあるいは農家や商店主だったりする。
まるでイタリア系のマフィアみいだと私は思った。


彼らは夜になるとボルサリーノの帽子を被り、チェスターフィールドコートに身を包み、コルトを胸に忍ばせ、とある波止場の第三倉庫で取引をするかのように動き出すのだ。


ある夜、私の家で飲み会があると、彼らは酒量が一定の域を超えた時点で、楽器に持ち替えられたコルトが火を吹く。

まず、即興でギターが鳴り始め、続いてトランペットの音色が聴こえ、さらにトロンボーン、サックスと、まるで撃ち合いのように、ジャムセッションが始まる。

これが明け方まで続くのだ。
「やれやれ」と言葉がでる。


こうやって、神原渓谷の一夜は静かに更けていくのだ。



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by dze03247H | 2010-06-12 12:21